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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2471号 判決

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)杉田毅は請求原因として、控訴人弥生商事株式会社に宛て、受取人欄を補充すべき権限を与えて、昭和三十四年十一月九日、金額三十一万八千百七十円の約束手形一通を振り出したが、被控訴人は丸弥商店からその手形の交付を受けて右補充権に基き受取人を杉田毅と補充し、これを満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶せられたので、被控訴人は控訴人に対し右手形金及びこれに対する支払済までの利息の支払を求める、と述べ、更に予備的請求として、右約束手形金債権の請求が理由がないとしても、被控訴人は、昭和三十四年十一月十一日丸弥商店より、本件手形債権の原因債権たる右丸弥商店が控訴人に対して昭和三十四年十月二十九日から同年十一月五日までに売り渡したメリヤス類の代金合計金三十一万八千百七十円の債権を譲り受け、右丸弥商店は昭和三十五年三月十二日控訴人に対し右債権譲渡の通知を発し、右通知は翌十三日控訴人に到達したので、被控訴人は控訴人に対し、右売掛代金債権金三十一万八千百七十円及びこれに対する支払済までの損害金の支払を求める、と主張した。

控訴人弥生商事株式会社は答弁として、控訴会社は昭和三十四年十一月九日、丸弥商店に宛てて本件約束手形を振り出したものであつて、丸弥商店に対し受取人欄白地の補充権を付与して振り出したものではない。しかるに、丸弥商店は、受取人欄に「株式会社丸弥商店」とある記載を抹消し、控訴会社の承諾を得ないで、「杉田毅」と記入した。従つて、控訴会社は、丸弥商店に対しては手形上の債務を負うが、変造後の所持人である被控訴人杉田毅に対しては何らの債務を負担しない、と述べ、更に抗弁として、丸弥商店は昭和三十四年十一月十八日、控訴会社宛に金額二十五万円約束手形合計二通を振り出したが、被控訴人杉田毅は、丸弥商店が控訴会社に対し、以上合計五十万円の約束手形全債務を負担していることを知り、すなわち、控訴会社を害することを知りながら、本件手形の裏書譲渡を受けたものである。そこで控訴会社は、昭和三十五年八月二十六日の本件口頭弁論期日において、被控訴人に対し、本件手形金債務三十一万八千百七十円と、前記約束手形金五十万円の債権とを対当額につき、相殺する旨の意思表示をした。よつて被控訴人の本訴請求はすべて失当である、と主張して争つた。

理由

証拠を総合すれば、控訴会社は、商品代金支払のため、昭和三十四年十一月九日訴外株式会社丸弥商店に宛て、金額三十一万八千百七十円なる約束手形一通を振り出し、丸弥商店は、訴外笠原伸元(原審共同被告)に対し、その割引を依頼しようとしたが、右笠原はかねてから、丸弥商店に対する割引のために受取人欄白地の約束手形を要求していたので、丸弥商店代表者青木弥三郎は、擅に、受取人欄に「株式会社丸弥商店」と記載されていたものをインク消しで完全に抹消し、笠原伸元に交付し、笠原は、それを受取人欄白地の約束手形として受け取り、親戚の被控訴人をしてそれを割り引かせ、その対価を丸弥商店に交付し、被控訴人の氏名を受取人欄に記入したことが認められる。

してみると、本件約束手形はその受取人の氏名を変造せられたものというべく、従つて、振出人たる控訴人は変造前の文言に従い、受取人丸弥商店に対しては手形金支払の責任を負担すべきも、変造せられた後の受取人にして所持人である被控訴人に対してはその責任を負担しないものと解すべきである。

よつて、被控訴人が本件手形の受取人及び所持人として、振出人たる控訴人に対し、手形金の支払を求める本訴請求はその余の争点を判断するまでもなく失当であつて棄却を免れない。

次に被控訴人の予備的請求について判断するのに、丸弥商店が控訴人に対し、昭和三十四年十月二十九日より同年十一月五日までの間に、代金合計金三十一万八千百七十円に相当するメリヤス類を売り渡したこと、右丸弥商店が控訴人に対する右売掛代金債権を、昭和三十四年十一月十一日、被控訴人に譲渡し、且つ昭和三十五年三月十二日、控訴人に対し右債権譲渡の通知を発し、右は翌十三日控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。

よつて、控訴人主張の相殺の抗弁を検討するのに、丸弥商店は、昭和三十四年十一月十八日控訴人に宛て金額二十五万円なる約束手形合計二通を振り出し、控訴人が現に右手形の所持人であることは当事者間に争いのないところであり、控訴人が、右丸弥商店に対する右手形金合計金五十万円の債権をもつて、被控訴人に対し、その譲り受けた右売掛代金債権と対当額につき、昭和三十六年四月二十四日の口頭弁論期日において、相殺の意思を表示したことは、当裁判所に顕著なところである。

従つて、控訴人の右相殺の意思表示により、被控訴人の控訴人に対する本件売掛代金債権は消滅したものと解するのを相当とするから、被控訴人の本訴売掛代金の請求も失当として棄却さるべきである。

〈以下省略〉

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